アフロディシアス

Aphrodisias

  • トルコ
  • 登録年:2017年
  • 登録基準:文化遺産(ii)(iii)(iv)(vi)
  • 資産面積:152.25ha
  • バッファー・ゾーン:1,040.57ha
世界遺産「アフロディシアス」、アフロディーテの聖域、テトラピロン
世界遺産「アフロディシアス」、アフロディーテの聖域、テトラピロン
世界遺産「アフロディシアス」、アフロディーテの聖域、列柱がアフロディーテ神殿
世界遺産「アフロディシアス」、アフロディーテの聖域、列柱がアフロディーテ神殿 (C) Carole Raddato
世界遺産「アフロディシアス」、スタディオン
世界遺産「アフロディシアス」、スタディオン (C) Carole Raddato
世界遺産「アフロディシアス」、テアトルム
世界遺産「アフロディシアス」、テアトルム (C) Bernard Gagnon
世界遺産「アフロディシアス」、アフロディシアス博物館に収められた大理石像
世界遺産「アフロディシアス」、アフロディシアス博物館に収められた大理石像 (C) Dosseman

■世界遺産概要

トルコ南西部、エーゲ海地方アイドゥン県のゲイレ郊外に位置する古代都市アフロディシアスの都市遺跡。ヘレニズム時代(紀元前323~前30年)からの愛と美の女神アフロディーテの聖域で、紀元前2世紀にはアフロディーテ神殿を中心に城郭都市が建設された。高品質の大理石の採石場が近いことから大理石を多用した街並みや大理石の装飾・彫刻が発達し、アフロディシアスの彫像と彫刻家はローマ全域にその名を轟かせた。

○資産の歴史

アフロディシアスには紀元前5000年紀までさかのぼる人類の居住の跡が発見されている。アナトリアではもともとキュベレやメテルといった女神信仰が盛んで、ヘレニズムの時代にギリシア神話の女神との習合(複数の宗教を融合・折衷させること)が進んだ。アフロディシアスの地もギリシア・アルカイック期(紀元前8~前5世紀頃)にはアフロディーテの聖域として祀られており、アフロディーテ神殿が建設された。紀元前2世紀には神殿の周りに都市が整備され、女神にちなんでアフロディシアスと命名された。紀元前1世紀、共和政ローマと黒海南東岸を治めるポントス王国との間で勃発したミトリダテス戦争ではローマ側に付き、ヘレニズムの影響を引き継ぎつつも政治的にはローマの影響を強めていった。この時代にアフロディシアスの人口は12,000人ほどに及んだという。

紀元前30年に新しいアフロディーテ神殿の建設が開始された。この建設に貢献したのがこの地出身のガイウス・ユリウス・ゾイラスだ。ゾイラスは幼い頃に誘拐されて奴隷として売り飛ばされたと伝わる人物で、やがてカエサル(ガイウス・ユリウス・カエサル/シーザー)の奴隷となり、付き人として活躍するほどに成り上がった。カエサルはアフロディーテ(ローマ神話のウェヌス)と軍神アレス(同マルス)の子であるエロス(同キューピッド)の家系を自称し、アフロディーテの聖域でありゾイラスの故郷でもあるアフロディシアスにエロス像を贈るなどして支援した。カエサルの死後、その養子オクタウィアヌスの奴隷となったが、東でペルシア人国家パルティアが圧力を加えていたこともあってゾイラスは解放され、アフロディシアスに戻って故郷に錦を飾った。ゾイラスは故郷を発展させ、共和政ローマの防波堤となるために町の近代化を推し進め、アゴラ(公共広場)とアフロディーテ神殿を建て直し、テアトルム(ローマ劇場)などを建設した。こうした貢献もあってオクタウィアヌスはアフロディシアスに税の免除などの特権を与えている。

紀元前27年にオクタウィアヌスが初代皇帝アウグストゥスとなってローマ帝国が始動した。アフロディシアスはアナトリアの主要都市として発達し、町は大理石の柱や彫像・彫刻・レリーフで華やかに装飾された。大理石の使用量ではローマ都市でも随一とされたが、これは郊外に大規模かつ高品質な大理石の採石場を有していたことによる。大理石が主要産品となっただけでなく、多くの彫刻家が集まってすぐれた大理石の作品を制作し、多大な富をもたらした。芸術と哲学の分野においてアフロディシアス派の名声は帝国中に鳴り響き、彫刻家やその作品は高値で取引された。

やがてアフロディシアスはカリア州の州都となり、2~3世紀にはアフロディーテ神殿が拡張され、聖域のエントランスとしてテトラピロン(四面門)が建設された。アゴラ自体も再整備され、ブーレウテリオン(議場・庁舎)などが完成した。350年代の大地震で大きな被害を受けたがすぐに復興が進められ、堅牢な城壁が建設された。

313年のミラノ勅令でキリスト教が公認されると、325年には司教座が置かれて司教都市となった。ローマ帝国は380年にキリスト教を国教化し、392年にキリスト教以外の宗教を禁止するが、ヘレニズム時代以前から女神信仰が盛んだったこの地では異教の信仰が維持された。

395年に東西ローマ帝国が分裂するとアフロディシアスはビザンツ帝国(東ローマ帝国)の版図に入った。アフロディーテ信仰は聖母マリア信仰に置き換わるなどして徐々に下火となり、5世紀末に神殿は教会堂に改築された。異教的な名称であったことから都市名も「スタヴロポリス(十字架都市)」に変更され、やがて「カリア」と呼ばれるようになった。

600年代の地震で深刻な被害を出し、人口が大幅に減少。以降も地方都市としてありつづけたが、14世紀頃に放棄されて廃墟となった。15世紀にゲイレの町が設立されたが、1957年の地震で北西1kmほどの現在の場所に移転した。

○資産の内容

世界遺産の構成資産は2件で、「アフロディシアスの考古遺跡」と「古代大理石採石場」となっている。

「アフロディシアスの考古遺跡」は北東・南・西を山に囲まれた谷に位置し、3.5kmほどの市壁に囲まれた城郭都市の都市遺跡となっている。中心は公共広場であるアゴラで、その北に都市の象徴であるアフロディーテ神殿がそびえていた。40本のイオニア式の大理石柱が立ち並ぶ周柱式神殿で、内部にアナトリアとヘレニズムの影響を受けた特徴的なアフロディーテ像を収めていた(アフロディシアス博物館収蔵)。5世紀末には身廊とアプス(後陣)を備えたキリスト教の教会堂に改築されたが、現在は14本の柱が立つのみとなっている。聖域の東にたたずんでいるのが四面門=テトラピロンだ。2世紀に建設されたエントランス兼小神殿で、レリーフにはアフロディーテとエロスの姿が刻まれている。テトラピロンはアフロディシアスでも特に保存状態がよく、その美しい姿で知られる。

列柱で囲われたアゴラの北や西にはオデオン(屋内音楽堂)や司教の邸宅として築かれた司教宮殿、議場となる円形講堂を持つブーレウテリオンなどがあり、周辺には彫刻家の工房や商店・住居などが立ち並んでいた。また、アゴラの南にはティベリウスのポルティカス(回廊付きの部屋)や多くの大理石像で飾られたハドリアヌス浴場、バシリカ(集会所)、そしてアクロポリス(都市の中心となる丘)がそびえていた。

そしてアクロポリスの東の麓にローマ劇場=テアトルムとテアトルム浴場、ギムナシオン(屋内競技場・体育館)が並んでいた。アクロポリスからはアルカイック期の集落跡が発掘されており、最初期の入植地と考えられている。テアトルムはその斜面を利用して観客席を築いており、約7,000人を収容することができた。また、テアトルムの舞台の北壁には大理石に碑文を刻んだ「アーカイブ・ウォール」と呼ばれる壁があり、2,000以上の碑文が確認されている。ヘレニズム時代からビザンツ時代まで町の歴史が記録されており、ローマ皇帝の手紙や法令なども記されている。

テオトルムの北、アゴラの東に位置するのがアゴラ門とセバステイオンだ。セバステイオンはユリウス=クラウディウス朝のアウグストゥス、ティベリウス、カリグラ、クラウディウス、ネロという第1~5代皇帝を祀るための神殿で、上層階は皇帝や神々を描いたレリーフで飾られていた。アウグストゥスはアフロディーテを祖先に持つカエサルの養子として神々の寵愛を引き継いでおり、皇家がアフロディーテの子孫であることを喧伝するものだった。

北端に位置する屋外競技場=スタディオンはおよそ270×60m、トラックは225×30mというサイズで、約30,000人を収容することができた。両端が湾曲しており、これにより観客席のどこからでもトラック全体を眺め渡すことができた。

「古代大理石採石場」はアフロディシアスの北東2~3kmほどに位置し、小高い丘と尾根の側面に沿って78の採石場が展開している。高品質の白大理石と貴重な灰色大理石が採石され、その場で切り取られて町に運ばれた。

■構成資産

○アフロディシアスの考古遺跡

○古代大理石採石場

■顕著な普遍的価値

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

アフロディシアスの大理石彫刻の卓越した作品群はアナトリア、ギリシア、ローマの伝統やテーマ・図像を融合させた傑作である。大理石は大きな装飾が施された建築ブロックから等身大の彫像、携帯用の小さな人形まで、町中の至るところでさまざまな形で見ることができる。近郊に純白あるいは灰色の大理石を産出する良質な採石場があったため大理石彫刻と大理石彫刻家の中心地として知られるようになり、都市の急速な発達を促した。アフロディシアスの彫刻家の技術は帝都ローマでも需要が多く、たとえば皇帝ハドリアヌスがティヴォリに築いたヴィッラ・アドリアーナ(世界遺産)の現存最高とされる作品群にはアフロディシアスの彫刻家らのサインが刻まれている。こうした彫刻家は1~5世紀の間、ローマ帝国とビザンツ帝国の美術マーケットで活躍を続けた。

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

アフロディシアスはローマ時代の彫刻研究において卓越した位置を占めている。採石場と彫刻の工房があり、彫刻家の創造性と技術力によって広く知られる芸術の都となった。体系的な工房は帝国内でも例が少なく、大理石彫刻の生産についてローマ世界のどの都市よりも充実した内容を示している。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

アフロディシアスは小アジア内陸部のグレコ=ローマン都市(ローマの支配下に置かれたギリシア・ヘレニズム都市)の際立った例である。大理石で建設された記念碑的な建物のいくつかは建築とデザインの両面できわめて独創的な特徴を持っている。セバステイオンはアウグストゥスにはじまるユリウス=クラウディウス朝の皇帝を祀るための宗教施設で、ヘレニズム、ローマ、アフロディシアスの芸術的伝統の集大成的な建造物となっている。テアトルム内のアーカイブ・ウォールには帝国の都市の様子を記した公文書が碑文として刻まれており、よい状態で保存されている。また、テアトルムのエディクラ(小神殿)を備えたファサード(正面)は舞台建築の初期の例である。スタディオンは「アンフィテアトラル "amphitheatral"」と呼ばれるふたつの湾曲した端部を持つ珍しい建築形態で、このタイプとしては古代世界でもっとも保存状態のよい遺構である。500年頃に行われたアフロディーテ神殿の大聖堂への改築は神殿から教会堂への改築の中でも工学的・内容的変更の効果という点できわめて独創的なものといえる。テトラピロンはアフロディーテの聖域の印象的なエントランスで、複雑で精巧な彫刻が施された卓越した装飾を見ることができる。

○登録基準(vi)=価値ある出来事や伝統関連の遺産

アフロディシアスは古代アナトリアの豊穣の女神とヘレニズムの愛と美の女神を融合させたアフロディーテ信仰の中心地として古代世界に広く知られていた。アフロディシアスの遺跡や地中海沿岸部の多くの遺跡でこの地のアフロディーテと類似した大理石像が設置されており、こうした神像はこの信仰が地域を越えて普及していたことの強力な証拠である。

■完全性

資産は顕著な普遍的価値を表現するために必要なすべての要素を含んでおり、古代以降、著しい地形の変化や人間による深刻な介入を受けていない。都市遺跡と大理石の石切場跡の2件の構成資産は顕著な普遍的価値の完全な表現を保証している。これらはまた法的に国の管理下に置かれており、完全性を維持するために保全・管理計画の中で適切な方針と活動が提案されている。

■真正性

構成資産の真正性はそれぞれのモニュメントや石切場跡、彫刻、現存する約2,000の碑文、包括的で公開された歴史研究によって確立されている。アフロディシアスの保全・修復作業はヴェネツィア憲章(建設当時の形状・デザイン・工法・素材の尊重等、建造物や遺跡の保存・修復の方針を示した憲章)に基づいてオリジナルのデザインと素材を尊重して行われている。また、アフロディシアス周辺の景観は現代的な開発やマス・ツーリズムの影響を受けていない。

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