メッセル・ピットの化石地域

Messel Pit Fossil Site

  • ドイツ
  • 登録年:1995年、2010年軽微な変更
  • 登録基準:自然遺産(viii)
  • 資産面積:42ha
  • バッファー・ゾーン:22.5ha
世界遺産「メッセル・ピットの化石地域」
世界遺産「メッセル・ピットの化石地域」
世界遺産「メッセル・ピットの化石地域」、ミアキスの化石
世界遺産「メッセル・ピットの化石地域」、ミアキスの化石

■世界遺産概要

ドイツ中部ヘッセン州に位置する化石の発掘現場で、4,800万~4,700万年前の新生代古第三紀始新世(5,600万~3,400万年前)のきわめて多彩で質の高い化石が出土している。もともとはオイルシェール(油母頁岩と呼ばれる有機化合物を含んだ岩石で、熱化学処理することで合成石油を抽出することができる)などの露天掘りの採掘場で、「ピット」は採掘用の穴を意味する。なお、世界遺産登録時にはバッファー・ゾーンが設けられていなかったが、2010年の軽微な変更で設定された。

○資産の歴史と内容

メッセル・ピットは3億5千万年以上前の古生代デボン紀に形成されたオーデンヴァルト山地の一角に位置している。約4,800万年前に爆発的なマグマ水蒸気噴火(巨大な水蒸気爆発を伴うマグマの噴火)が起こり、深さ700mに達する漏斗状のクレーターを生み出した。ここに水が入り込んでメッセルレイ湖というマール湖(水蒸気爆発によって生まれた火口=マールにできた湖)が形成された。メッセルレイ湖は表面積が小さいにもかかわらず水深200~300mと非常に深く、上層と深層の対流が起きにくいため深層は酸素濃度が低く硫化水素濃度が高い無生物層となった。これにより湖で死んだ動植物が沈んでも腐敗することなく堆積し、化石を含んだ粘土質のオイルシェールを形成した。オイルシェールの有機化合物の大半は藻類の死骸に由来すると考えられている。また、日常的な対流は起こらないものの季節的な水温変化による上下層の入れ替わり=湖水ターンオーバーによって酸素濃度の低い水が水面を覆い、定期的に生物の大量死を引き起こして多量の化石をもたらした。さらに、この時代のヨーロッパ大陸は現在よりも10度ほど南に位置し、気候的に亜熱帯で多様性に富む数多くの生物が生息していた。湖が存在したのは4,800万~4,700万年前のわずか100万年ほどにすぎないが、こうした条件が奇跡的に重なることでメッセル・ピットは世界的な化石地帯となった。

メッセル鉱山で石炭や鉄鉱石、オイルシェールが出土することは古くから知られていたが、1859年に発掘施設が建設されると本格的な採掘がはじまった。1876年にワニの骨格の化石が発見されると科学者の注目を集め、1898年にはドイツの地質学者・古生物学者のエルンスト・ウィティッヒが化石の調査結果を論文にまとめるなど次第に化石で知られるようになった。

第2次世界大戦前後に所有者が二転三転し、1960年代には採掘量が激減。石油価格の下落により1971年に採掘は中止され、施設は閉鎖された。1974年に廃棄物処理施設と埋め立て場を建設するための協会が設立され、翌年には生物多様性や進化生物学・系統学などを研究するゼンケンベルク研究所の調査が行われた。ゼンケンベルク研究所はメッセル・ピットで出土する化石の重要性を主張して処理場計画に反対を表明。その後、反対運動や裁判などを経て計画は撤回され、1991年にヘッセン州が3,260万マルクで一帯を購入し、鉱山の運営をセンケンベルグ自然研究協会に移管した。

メッセル・ピットの始新世の堆積層は北から南へ全長1000m・幅700mほどの範囲に広がっており、オイルシェール層の深さは190mに及ぶ。発掘される化石は始新世のものとしては質・量・多様性いずれも世界有数で、発掘された化石は数万点に及び、1,000種以上の動植物が特定されている。多いのは藻類やヤシ・クルミ・ブドウのような植物や、1万点を超える魚類、数千点に及ぶ水生・陸生の昆虫の化石で、ワニやカメのような爬虫類やカエルやサンショウウオのような両生類の化石も見られる。また、約6,600万年前に起こった中生代と新生代を分けるK-Pg境界の大量絶滅後に繁栄を開始した恐竜の生き残りである鳥類と、新生代に陸上を支配した哺乳類の進化の歴史を伝える貴重な化石も発見されている。中にはバクテリアのような極小サイズの化石や全身の完全骨格、羽毛や胃の内容物・色を保存している化石などもあり、保存状態のよさがうかがえる。よく知られている化石としては、緑色の色素を残すタマムシの仲間、交尾の最中の雌雄のカメ、ヨーロッパではすでに見られなくなった巨大なワニやヘビ、現在は北半球からほぼ姿を消した飛べない鳥(走鳥類)、オセアニアと南北アメリカ大陸でしか見られない有袋類などが挙げられる。

■構成資産

○メッセル・ピットの化石地域

■顕著な普遍的価値

○登録基準(viii)=地球史的に重要な地質や地形

メッセル・ピットの化石地域はすべての主要陸上生態系に哺乳類が進出した始新世という時代の理解に貢献する最良のサイトであると考えられている。化石の保存状態は際立っており、きわめて質の高い科学的研究を可能にしている。

■完全性

メッセル・ピットはオイルシェール鉱山の跡地であるため地表は開発の跡で大きく乱れている。逆説的だが、こうした鉱山開発がなければこの地の科学的価値が発見されることはなかったと思われる。1960年代後半に採掘が中止されると民間の探鉱に開放され、1971年には廃棄物処理場としての利用が提案された。科学的調査によって世間の関心が高まったことで地元政府によるピットの購入と文化遺産保護につながった。一帯で採掘される化石は動植物の形態だけでなく周囲の環境までも再現する驚異的な保存状態で、科学的に重要な場所であるこの地を長期的に維持しようという政府の真剣な取り組みによって資産の完全性は十分に保たれている。約100年間の活動で2,000万tの岩石が採掘されたが、化石を含むオイルシェールの堆積物の量は依然として膨大であり、枯渇には程遠い。

■関連サイト

■関連記事