ヘルシングランドの装飾農場家屋群

Decorated Farmhouses of Hälsingland

  • スウェーデン
  • 登録年:2012年
  • 登録基準:文化遺産(v)
  • 資産面積:14.84ha
  • バッファー・ゾーン:537.04ha
世界遺産「ヘルシングランドの装飾農場家屋群」、イェスティヴァシュ農場の家屋群
世界遺産「ヘルシングランドの装飾農場家屋群」、イェスティヴァシュ農場の家屋群 (C) L.G.foto
世界遺産「ヘルシングランドの装飾農場家屋群」、イェスティヴァシュ農場のファームハウス内観
世界遺産「ヘルシングランドの装飾農場家屋群」、イェスティヴァシュ農場のファームハウス内観 (C) Hievelina
世界遺産「ヘルシングランドの装飾農場家屋群」、ボルトン・ウーア農場の家屋群
世界遺産「ヘルシングランドの装飾農場家屋群」、ボルトン・ウーア農場の家屋群 (C) L.G.foto

■世界遺産概要

スウェーデン中東部のヘルシングランド地方には1,000棟以上の伝統的な木造ファームハウス(農家が生活を行う農場の住宅)と付属施設群が残されている。多くはアマ(亜麻)の栽培や森林開発を行う農家が18~19世紀に建てた住宅や小屋で、中世以来の伝統的な建築とバロックやロココ、グスタヴィアン様式の装飾で彩られている。世界遺産リストにはこの中で特にすぐれたイェヴレボリ県とイェムトランド県の7農場が登録されている。

○資産の歴史

ヘルシングランドでは紀元前400年頃から沿岸部で農業がはじまり、やがて内陸部に広がった。タイガ(亜寒帯針葉樹林)は畑にはならないが湖畔や河畔で大麦の栽培やウシの放牧を行い、12世紀にはキリスト教が普及した。1397年のスウェーデンのカルマル同盟参加、1523年のスウェーデン王国の独立(ヴァーサ朝の成立)といった出来事が起きても生活はさして変わらず、森林には封建制も及ばず、14世紀に記されたヘルシンゲ法などに従って生活を行った。16世紀半ば以降、ヘルシングランドではリネンの原料であるアマの生産が活発化し、木材や穀物・皮革とともに主要産業となった。スウェーデンが最盛期を迎えた17世紀に政府は農家と契約を結んで兵士と小屋の提供を義務付けた。

1757年以降、土地所有の改革と再配分が行われ、村を中心とした共同経営から農場ごとの経営に移行し、農家のファームハウスも村から各農場へと移動した。経営の自由を手にした各農場はそれぞれアマや木材の生産を行い、機械化を促進し、ファームハウスを中心とした農場集落を形成した。こうした農場では小作人を雇っていたが、小作人の中から絵や彫刻などを生業とする職人が誕生し、画家や彫刻家は集落を巡回して彫刻や絵を売り込んだ。このような農場経営と職人文化は都市工業への移行や機械化による大規模農場化、北アメリカをはじめとする外国への移住が活発化する19世紀後半に失われ、木造のファームハウスや室内装飾についても1870年代以降に急速に衰退した。

農場集落は中庭を取り囲むようにレイアウトされ、ファームハウスの本館を中心に別館や離れ・納屋・穀物牧草貯蔵所・製粉所・醸造所・鍛冶場・厩舎・家畜小屋などが立ち並んだ。18世紀にはファームハウスを中心に密集しており、中庭はポートリーダーという楼門のような建物以外は閉鎖されていたが、19世紀にはコの字形などよりオープンなレイアウトが好まれた。一般的なファームハウスはマツやトウヒの板を使った木造で、19世紀に2階建てが普及し、19世紀後半には木造からレンガ造へ移行した。壁はファールンの大銅山(世界遺産)で生産された塗料を用いてファールン・レッド(ファールー・レッド)と呼ばれる深い赤で染められ、19世紀にはパステル・カラーも用いられるようになった。屋根はシラカバの樹皮葺きで、19世紀に板葺き、20世紀にタイル葺きが普及し、納屋はブリキ板に取って代わった。

特徴的なのが内装で、豪華なバロック様式、壮麗なロココ様式、あるいはそれらを落ち着かせたグスタヴィアン様式(グスタフ3世の治世である18世紀後半~19世紀初頭を中心に流行したスタイル)の絵画や彫刻・レリーフで彩られた。一例がスニッカーグラーディエと呼ばれる木彫刻で、木材をさまざまに加工してバロック装飾のスタッコ(化粧漆喰)のように玄関や部屋を装飾した。また、テンペラ(顔料に接着剤となるバインダーを混ぜた塗料で描く技法)で壁に直接絵を描いたり、リネンや木材のキャンバスに描いて壁に掛けられた。こうした絵はヘルシングランド絵画あるいはダーラナ絵画と呼ばれ、巡回画家によって描かれた。絵柄は聖書を主題としたものから風景画まで多彩で、草花や幾何学模様は木材を加工して作ったステンシル・テンプレート(型枠)が用いられた。農場には重要な祭祀や集会にのみ使用する祭祀用別館や祭室が設けられ、特に華やかに装飾された。

○資産の内容

世界遺産の構成資産は以下の7農場となっている。

スティーネのクリストフェシュ農場は19世紀に築かれたコの字形レイアウトの3棟と離れの2棟からなり、別館のファームハウスは祭祀専用となっている。主な部屋は画家アンデシュ・エーデルによる自由画とステンシルによる花の絵柄で華やかに彩られている。

ヴァルスタのイェスティヴァシュ農場はふたつの閉鎖的なコの字形レイアウトを特徴とし、10棟が連なっている。メインのファームハウスは1800年頃に建設され、祭祀用の別館は1838年の建設で、画家ヨナス・ヴァールストレームが数年をかけて手描きあるいはステンシルで装飾している。

ロンギアのパルラシュ農場はコの字形レイアウトの3棟のファームハウスを中心に計7棟で構成されている。3棟はいずれも1850年代かそれ以前の建設で、本館は2.5階建てで祭祀用の東館とともにダーラナ絵画で彩られている。ファサード(正面)やポータル(玄関)の彫刻が特徴で、本館のリビングルームを飾る見事な風景画はスヴァーデシャンス・エルソンの作品だ。

ロンギアのユー・ラシュ農場は11棟の建物からなるがコの字形を採っていない。本館は2階建て17室を有するヘルシングランド最大のファームハウスだ。家事用の小屋や祭祀用の建物が別に建てられるのが一般的だった中で、ここではファームハウスの中に部屋(祭室)として割り当てられている。装飾はスヴァーデシャンス・エルソンによるもので、2階のゲストルームには町の風景画が飾られている。

フォーゲルハのボルトン・ウーア農場は17世紀にフィンランドの移民が開拓した土地で、7件の構成資産のうちこの農場だけイェムトランド県となっている(他はイェヴレボリ県)。□形のレイアウトの新館と旧館を中心とした15棟で構成され、特に旧館は1819年の建設で典型的なファームハウスとなっている。1820~30年代、1850~60年代それぞれの装飾が見られ、特に画家ベック・アンデシュ・ハンソンによる1階祭室の装飾が名高い。

レツボのボンマシュ農場は1840年代に直交するように建てられた2階建ての夏館と1.5階建ての冬館を中心とした7棟からなる。冬館の上階はすべて祭室で、手描きの壁絵や大理石風パネル、ネオ・ルネサンス様式の壁紙で彩られている。

アスケスタのイェリック・アンデシュ農場は1825年に起工したファームハウスと1915年に建設された多目的に使用される建物の2棟で構成されている。ファームハウスは2階建てで1階・2階それぞれに祭室があり、大理石パネルや画家一族であるクヌーテス家の絵画で彩られている。時代が下ると棟数を抑えて1棟のファームハウスに機能を集中させる形に移行した。

■構成資産

○クリストフェシュ、スティーネ

○イェスティヴァシュ、ヴァルスタ

○パルラシュ、ロンギア

○ユー・ラシュ、ロンギア

○ボルトン・ウーア、フォーゲルハ

○ボンマシュ、レツボ

○イェリック・アンデシュ、アスケスタ

■顕著な普遍的価値

本遺産は2009年の第33回世界遺産委員会で登録延期の決定を受け、構成資産を20件から7件に絞って再推薦を行い、2012年に登録された。

○登録基準(v)=伝統集落や環境利用の顕著な例

祭祀のために装飾された華やかな別館や部屋を備えたヘルシングランドの大規模かつ印象的なファームハウスは、木造建築と民俗工芸の伝統、それらを建設した自営農家の富と社会的地位、そしてヘルシングランドの長い文化的伝統の開花を反映している。

■完全性

7か所の農場のそれぞれにおいて、美しく装飾された祭室を持つ木造建築や農場の起源を伝える農場の全体あるいは開放的な景観の中に顕著な普遍的価値を示している。また、農場によって祭室の取り方や装飾の種類が微妙に異なっている点も注目される。構成資産の選択は適切で、7か所に顕著な普遍的価値のすべての要素が含まれている。そしてそれらはいずれも保護されており、脆弱である点は見られない。

■真正性

農場とファームハウスは祭室とその他の施設・設備との関係を雄弁に物語っており、保存状態は良好で、建築的・装飾的なバリエーションを網羅している。7件の構成資産は顕著な普遍的価値を完全かつ真正に伝えるために必要なすべての要素を備えている。こうした資産の修理・修復のほとんどは熟練した専門技術者によって伝統的な素材と技術を用いて行われてきた。例外はファームハウスや農場施設の屋根で、祭室をはじめ装飾された部屋を確実に保護するために伝統的な屋根材は近代的な素材に置き換えられている。壁の装飾が復元された例もあるがごくわずかで、1800~70年に制作された装飾はほぼ手付かずで伝えられている。5か所については現在も農業に直接従事しており、機能を保っている。イェスティヴァシュとボルトン・ウーアでは農業が行われていないが、農業の環境を保持している。

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