カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群

Wooden Churches of the Slovak part of the Carpathian Mountain Area

  • スロバキア
  • 登録年:2008年
  • 登録基準:文化遺産
  • 資産面積:2.5644ha
  • バッファー・ゾーン:90.4141ha
世界遺産「カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群」、ヘルヴァルトウにあるアッシジの聖フランチェスコ教会
世界遺産「カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群」、ヘルヴァルトウにあるアッシジの聖フランチェスコ教会
世界遺産「カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群」、トゥヴルドシーンの全聖人教会
世界遺産「カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群」、トゥヴルドシーンの全聖人教会 (C) SchiDD
世界遺産「カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群」、フロンセクのアルティクラルニ教会
世界遺産「カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群」、フロンセクのアルティクラルニ教会
世界遺産「カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群」、ボドルジャルの聖ニコラオス教会
世界遺産「カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群」、ボドルジャルの聖ニコラオス教会
世界遺産「カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群」、ラドミロヴァの大天使聖ミカエル教会
世界遺産「カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群」、ラドミロヴァの大天使聖ミカエル教会 (C) Henryk Bielamowicz
世界遺産「カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群」、ラドミロヴァの大天使聖ミカエル教会のイコノスタシス
世界遺産「カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群」、ラドミロヴァの大天使聖ミカエル教会のイコノスタシス (C) SchiDD

■世界遺産概要

中世から近世にかけてカルパチア山脈北西部の山間部ではあついキリスト教信仰が守られていたが、これらの地域では15~18世紀にかけて伝統の木造建築を応用してビザンツ、ゴシック、ルネサンス、バロックといった石造の建築様式を再現したユニークな木造教会堂が多数建設された。現存する約50堂の中から特にすぐれたローマ・カトリックの2堂、プロテスタントの3堂、正教会の3堂の計8堂の教会堂と鐘楼1基が世界遺産に登録された。

○資産の歴史

カルパチア山脈では古くからキリスト教信仰が普及していたが、山村では伝統的な木造建築の技術を応用してカラマツやイチイ、トウヒ、モミ、オークといった木材を用いて木造の教会堂が建てられていた。この地域はまたローマ・カトリックと正教会の勢力が重なる場所でもあり、ドイツ系はローマ・カトリック、スラヴ系は正教会といった具合に両派の信者が混在していた。建築や装飾についてもローマ・カトリックのゴシック、ルネサンス、バロック様式、正教会のビザンツ様式といった具合に多様な建築様式の影響が見られ、時に混在していた。

16~17世紀、オーストリア・ハプスブルク家は神聖ローマ皇帝位を世襲し、ローマ・カトリック(旧教)の盟主的な存在でありながら宗教改革の影響でプロテスタント(新教)の広がりに頭を悩ませ、政治的には宿敵フランスやイスラム王朝であるオスマン帝国の圧力を受けて難しい立場に立たされていた。1681年のショプロン会議で神聖ローマ皇帝レオポルト1世はハンガリー王国に対してローマ・カトリック以外の教会堂の建設を容認した。ただ、1行政単位に教会堂はふたつまで、重要地区ではひとつのみ、建設は市壁の外に限り、木造で金属の使用は認められず、塔の建設も禁じられるなどさまざまな制約があった。このためプロテスタントや正教会の教会堂は郊外に追いやられたが、それでもこの時期に数多くの教会堂が築かれた。19~20世紀に多くが失われたがいまでも約50堂が現存しており、そのうちの8堂1鐘楼が世界遺産に登録された。

○資産の内容

ヘルヴァルトウにあるアッシジの聖フランチェスコ教会はバルデヨフ(世界遺産)近郊に位置するローマ・カトリックの木造教会堂で、15世紀後半の建設と見られ、聖母マリア、聖カタリナ、聖バルバラの祭壇は1460~80年の制作とされる。石垣の防御壁に守られた教会堂はゴシック様式で、西から長方形の身廊-多角形の内陣-小さな至聖所が直線上に連なっている。身廊は高く急傾斜を持つ鞍形の屋根を持ち、内陣からは後の時代に増築された高い塔が突き出している。屋根は木片を並べた杮葺き(こけらぶき)で、天井の上部に屋根裏部屋を有している。

トゥヴルドシーンの全聖人教会も15世紀後半の建設と見られるローマ・カトリックの木造教会堂で、ゴシック様式のすぐれたデザインで知られる。西から長方形の身廊-正方形の内陣-至聖所が並ぶレイアウトはヘルヴァルトウの木造教会と同様だ。身廊の屋根はやはり鞍形で、19世紀に増築された内陣上部の八角形の塔と、スカートのように広がる屋根と庇が特徴的な外観を生み出している。身廊・内陣の壁・天井は絵や彫刻といったルネサンス様式の美しい装飾で飾られており、バロック様式の祭壇には聖母マリアをはじめとする聖人の彫像が置かれている

ケジュマロクの聖三位一体教会はプロテスタントの木造教会堂で、1687~88年創建とされる小さな礼拝堂が1717年に解体されて建て替えられた。ユライ・ムッテルマンの設計で「+」形のギリシア十字式の平面プランを持ち、石造に見せるため壁が白く塗装されている。筒型ヴォールト(筒を半分に割ったような形の連続アーチ)や交差リブ・ヴォールト(枠=リブが付いた×形のヴォールト)、バロック様式のねじり柱(ソロモン柱)といった石造建築のデザインが木材で見事に表現されている。天井には一面に空が描かれており、所々に三位一体像や天使、十二使徒、4人の福音記者の姿が見える。主祭壇や説教壇はバロック様式で、数々の彫刻で彩られている。

レシュティニのアルティクラルニ教会もプロテスタントの木造教会堂で、ショプロン会議を受けて1688〜89年に建設された。会議で定められた制約に則った木造建築で、金属はいっさい使用されておらず、塔や鐘楼も築かれなかった。現在見られる石垣や鐘楼は1770年代に百周年を記念して増築されたもので、回廊や鐘楼は1777年に建設された。ギリシア十字式の平面プランで、壁は木材を寝かして積み上げたログハウスで、屋根は寄棟造の杮葺きとなっている。薄い青と白を基調としたシックな壁画は17世紀に描かれた。

フロンセクのアルティクラルニ教会もプロテスタントの木造教会堂で、隣接の鐘楼とともに1725~26年に建設された。この地域ではあまり見られない柱と梁でフレームを築く木造軸組構法・柱梁構造と、建材を組み上げて壁を築く組積造・壁構造という木造・石造の構造を組み合わせたドイツのファッハヴェルクハウス(ハーフティンバー/半木骨造)を応用した造りとなっている。ドイツ系の住人が多い村で、建築家は不明ながらドイツ系である可能性が指摘されている。教会堂はギリシア十字式で、屋根は寄棟造で杮葺き、壁に斜めに入っている筋交いがファッハヴェルクハウスの影響を物語っている。内部は木材による筒型ヴォールト天井が見られ、壁画のない木目を活かした素木となっている。東35mほどに位置する鐘楼も同様の造りで、頂部に木造のオニオン・ドームを頂いている。

ボドルジャルの聖ニコラオス教会は正教会の木造教会堂で、1658年の建設と見られている。西からナルテックス(入口に設けられる拝廊)-身廊-内陣の3パートが直線上に並ぶ平面プランで、三位一体を示すといわれる。もっとも重要な内陣がもっとも小さく低い造りであるのに対し、エントランスとなるナルテックスには高い塔がそびえており、それぞれ宝形造(円形や正多角形の屋根構造)の屋根と尖頭、オニオン・ドーム、十字架を冠している。身廊と内陣の間には正教会の教会堂の特徴であるイコノスタシス(聖障)と呼ばれる仕切りが設けられており、数多くのイコン(聖像)で飾られている。

ラドミロヴァの大天使聖ミカエル教会も正教会の木造教会堂で、1742年の建設と見られる。ボドルジャルの聖ニコラオス教会と同様にナルテックス-身廊-内陣が直線上に並んでおり、構造もおおよそ同じだ。18世紀に制作されたイコノスタシスと祭壇が特に美しいことで知られる。

ルスカー・ビストラの聖ニコラオス教会も正教会の木造教会堂で、1720~30年に建設された。ナルテックス-身廊-内陣の構造はボドルジャル、ラドミロヴァの木造教会堂と同様だが、ひとつの寄棟屋根で覆われており、ナルテックスの大きな塔と内陣の小さな塔が屋根から突き出す形となっている。バロック様式のイコノスタシスと祭壇は評価が高い。

■構成資産

○ヘルヴァルトウの木造教会(アッシジの聖フランチェスコ教会)

○トゥヴルドシーンの木造教会(全聖人教会)

○ケジュマロクの木造教会(聖三位一体教会)

○レシュティニの木造教会(アルティクラルニ教会)

○フロンセクの木造教会(アルティクラルニ教会)

○フロンセクの鐘楼(アルティクラルニ教会)

○ボドルジャルの木造教会(聖ニコラオス教会)

○ラドミロヴァの木造教会(大天使聖ミカエル教会)

○ルスカー・ビストラの木造教会(聖ニコラオス教会)

■顕著な普遍的価値

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

構成資産の木造教会群はカルパチア山脈北西部の伝統的な宗教建築の証であり、また比較的狭い地域でラテンとビザンツの文化が出会い重なり合って生まれた多民族・多文化の特徴が表現された教会堂の際立った例である。ルター派プロテスタントの教会群は17世紀に反ハプスブルク家の蜂起と反乱の時代にハンガリー北部で示された宗教的寛容性の際立った証拠である。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

木造教会群は中世後期から18世紀末までのヨーロッパの木造宗教建築の最良の例を提示している。その特徴的な外観・構造、そして時に素朴な装飾は地元の伝統に由来しつつ部分的にはゴシック・ルネサンス・バロックといった建築・装飾様式の影響を受けている。西洋(ラテン)と東洋(正教会)の建築コンセプトもこうした木造建築に反映されており、多彩なデザイン、技術的ソリューション、ユニークな装飾表現を備えた独創的な宗教建築を伝えている。

■完全性

カルパチア山脈の木造教会群は19~20世紀、特に第1次世界大戦後に多くが失われた。現存するのは約50堂で、1968年にそのうちの27堂が国の文化財に指定された。1989年以降、いくつかの木造教会堂が教会の所有に戻され、以前のように宗教的な機能、あるいは博物館やコンサート会場といった文化的・社会的機能を回復した。構成資産はいずれもこうした機能を保っているものであり、9件の選択は適切である。構成資産の木造教会群は国や地方自治体の法的保護を最大限に受けており、十分満足のいくものとなっている。管理の体制と方法も適切で、管理グループを創設することですべての利害関係者の参加が確保されている。以上の点から完全性は高いレベルで維持されている。

■真正性

構成資産の建造物群は十分に保全されており、デザインや形状・素材・技術・用途・機能といった点で真正性は保持されている。木造建築であるため部材の交換が不可欠であり、特に屋根や地面との接地面について腐食や昆虫被害等でつねにメンテナンスが必要となるが、これらは厳格な基準に基づいて適切に行われている。大工が使用する道具類や技術が伝えられていることも重要であり、これらについても注意が払われている。木材処理や修復技術の研究も進んでおり、真正性の維持に貢献している。

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